セーラー服の歌人 鳥居という人を知りました。
久しぶりに書きます。半年以上更新していなかった。どうせだれも見ていないし書きたいこともなかったので別にいいのですが。
まずは近況報告。
ブログを更新してない間はまあ、普通に仕事して、惰眠を貪るだけの平凡な毎日でした。
最近は死にたい、嫌なことから逃げたいと思いながら自堕落な毎日を過ごしています。
それはまあどうでもいいですね。
セーラー服の歌人、鳥居さん。一体どんな人なんでしょうね。
鳥居って言ってもお笑い芸人の鳥居みゆきじゃないよってね。
ちなみに私は中3のときから鳥居みゆきさんのファンです。いや…ファンとは言えないかな。にわかだし、他のファンの人たちに嫌われてますし。それなのに、ファンの人や鳥居みゆきさん本人に失礼なことですが今でもたまに彼女の出演する舞台を観に行ったりしてます。ごめんなさい。
執着を捨てられないんです。ごめんなさい。
…話を戻して鳥居(歌人の方)についてですね
歌人…和歌や短歌を読む人ですね。
俳句とか短歌とか和歌とか、国語の授業でちょっと触れる程度で、石川啄木とか昔の人で有名な人はいるけど、現代では短歌専門の作家ってあまり話題にならないというか…私が知らないだけかもしれませんけど。
私は昨年9月に、ネットニュースの記事になってるのをキッカケに知りました。
彼女の生い立ちが詳しく書かれた『セーラー服の歌人 鳥居 拾った新聞で字を覚えたホームレス少女の物語』(著:岩岡千景 出版:KADOKAWA/アスキー・メディアワークス)、歌集『キリンの子 鳥居歌集』(著:鳥居 出版:KADOKAWA/アスキー・メディアワークス)
が発売中です(宣伝)。
その2冊を先週購入して今日読み終わったので今回鳥居さんについて書くことにしたんですけどね。
ああ、彼女のことを知って、本を手に入れて、読むまでに半年以上かかってしまった…。
我ながらよく半年前に知った人間のことなんて覚えてたものだと思います。
鳥居さんは母の自殺、児童養護施設での虐待、ホームレス生活などかなり波瀾万丈な体験をしてきたらしいです。
そんな境遇のため学校にもろくに通えず、難しい漢字などは児童養護施設の職員が読み終わって捨てられた新聞などで辞書を引きながら独学で覚えたとのこと。
そんな彼女が短歌に出会って、自分を表現してきた。彼女の歌は、自身の体験が元になっているのでつらさや悲しさを感じさせるものが多いですが、悲しいだけじゃないというか、明るさや可愛さを感じさせるものもあるし、何より心に染みるというか…寄り添ってくれる感じがする、と私は思いました。
ちなみに言い訳に聞こえるかもしれませんが、私は自分勝手で卑怯でキモいクズですけど、別に他人の不幸が大好物とかそういうわけではありません。
むしろつらくなってくるのでフィクションならともかく現実では他人の不幸な話や理不尽な話はできる限り聞きたくないです。(いい人アピールかよキモいな…。)
中学のときに厨二病を拗らせてシュールなものや人間の闇を感じさせるものに積極的に触れて好むようになったせいもあると思います。
まあ厳密に言えば私の場合はそういうものを好む自分が好きというか、人と違うものを好む自分カッケー!とか、そういう部分の方が大きいです。
本当に気持ち悪い。
しかし…実は「この人本当にこんな体験したのかな」と、思っています。
佐村河内守氏みたいな例もあるし、「こんな体験してないどころか下手したら作品そのものも別の人が…」なんて思ったりもしました。
これはまあ言い過ぎ考え過ぎですかね。ごめんなさい。
彼女の体験は本当なのか、全部が全部本当ではなく一部脚色しているけど大体本当のことなのか、精神を病んで生まれた妄想によるものか…。
本当のことはわからないけど、まあ本当でないなら「ああ、凄惨な体験をした人はいなかった。よかったなあ。」で済む話だし、「この歌好きだなあ。」と思ったことに変わりはないのでどうでもいいことかもしれません。
何にせよ、大学時代は文学部で「芸術とは何ぞや?」みたいなことを学ぶゼミに所属して、障害を持った子供やらと関わる機会があった私としてはとても興味が尽きない人です。
私は義務教育を受けられなかったわけではありませんが、いろいろあって後悔の残る青春時代を送ってきたし、自分を表現することにも少なからず憧れがある。
…本当は表現する「自分」なんてない空っぽ人間だし、手段もないし、憧れというより表現する手段を持っている他人に嫉妬しているだけですけど。
とにかくいろいろあって興味がある。
機会があれば会ってみたい。何かイベントとかやらないのかな。会うことを目標の一つにに生きるのもよきかな。
本人が読んだらさぞかし気持ち悪かろうな。本当にキモいな。ごめんなさい。
長々とキモいことをすみませんでした。大体書きたいことは書いたので終わります。