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チョビのクマった日誌

はじめまして。回れ右。あっあっ本当に帰らないで。読書とかお笑いとか日頃の愚痴について書きます。

そなたはなぜ生きる(_ _).。o○

 どうも、チョビです。今日は会社の人に話しかけることができました。世間話とか雑談ではないですが。

 これからもどんどん話かけていきたいですね。というか話かけないとわからないことが聞けなくて最近詰みかけているのでダメです。

 

 最初の一歩を踏み出して満足しがちなので気をつけたいです。

 

 自分で考えてやってみることも大事だけど、時間がかかりすぎるのでもっと聞いて早めに解決させてペースアップしていこうと思います。

 

 

 

 さて、タイトルのことですが、別にありがたいお話をくれてやろうとか、「生きる意味とは何ぞや」とか、「生きる意味というのはこういうことだ」なんて話をするつもりは全くございません。

 むしろ逆に、非常に無意味で、非生産的で、不快な話をしてやろうと思います。甘ったれたクソ野郎の愚痴です。読む価値は全くありません。読まない方がいいです。時間の無駄です。お引き取りください。貴重な時間を無駄にしてすみません。私が書きたいから書くだけです。

 

 

 私は真剣に生きたことがありません。何かに必死に打ち込んだことがありません。勉強も、スポーツも、遊びも、就職活動も、何ひとつまともに打ち込んだことがありません。

 そもそも、真剣に生きる気がありません。ジャンクフードをドカ食いして、好きなだけ寝て、漫画やアニメを見られればそれで満足なのです。何か自分の理想を追求したい、自分で何かを生み出したいという欲求が持てないのです。正確に言うと、理想を追求するための努力をする気にならない。「もしこうだったら」と妄想はします。そして、それで満足してしまうのです。

 

 それなのに、後悔ばかりしています。もっと他の人間がしているように生きればよかった、あのときああしていれば…と思うことばかりです。他人の人生を羨んでばかりです。

 自分が後悔するだけならまだしも、他人に迷惑ばかりかけて生きてきました。だから、生きているのが嫌なのです。

 

 生きているのが嫌、と言いましたが、それは他人に対する申し訳なさによってではありません。申し訳ないと全く思わないわけではないですが、どちらかと言えば自分の今までの人生でしてきたことがなくなってしまえばいい、受け入れたくないという気持ちが大きいのです。

 

 別に今までの人生で貧困に苦しんだとか、壮絶ないじめを受けたとか、大きな挫折をしたということはありませんでした。友達がいなかったわけでもありません。まあ女子には嫌われていましたが…。それは私の性格と行動と、能力の低さのせいなので。

 

 私はどちらかと言えば何不自由なく生きてきた方です。勉強に関して特別熱心に教育を受けさせられるということもなかったので、人一倍ヌルい人生を生きてきました。

 

 

 本来なら、生きているのが嫌だなんて言う資格はないのです。それなのに生きているのが嫌だと言う。しかし自殺をするつもりもない。楽しいことは受け入れたいが、一切の苦しいことはまっぴらごめんだと思っている。

 今まで人に迷惑をかけてきたことや、自分の過去を受け入れて努力することから逃げたいと思っている。非常に無責任で自分勝手な考え方だと思います。

 

 奨学金を借りていたのですが、返し終わったら死んでしまっても構わないかな、と思ってしまったことがあります。最低な考えです。人生のいいとこ取りだけしようと思っていました。

 

 生きていて楽しくないわけではない。ないとしても、これから楽しみを見つけていけばいい。

 でも、楽しみを見つけることすら面倒に感じてしまっている。死にたいほど苦しいことがあったわけじゃない。でも、今のところあまり楽しみが見出せない。

 

 変わらなきゃいけない。こんな自分を含めて誰が読んでも何の得にもならない、不快な気持ちになって時間の無駄になることしか書けない人間のままではダメだ。

 

長々と書いてしまいましたが、まとまらなくなってきたのでこれで終わります。すみませんでした。