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チョビのクマった日誌

はじめまして。回れ右。あっあっ本当に帰らないで。読書とかお笑いとか日頃の愚痴について書きます。

3日坊主は嫌だなぁ…。今日も今日とて自分語り。怒りっぽかった幼少期について。

 どうも。チョビです。ブログを初めて三日目になります。

 前回、前々回に書いたように私は人より優れた何かを持っていない…何ひとつまともにできない人間ですので、何をメインに書くか決まっていません。続くかもわかりません。

 なので、書くネタを決めるために今日も自分語りをしようと思います。昨日は、私の好きなものについて書きました。今回は、私がどんな人生を歩んできたかについて書いて行こうと思います。

 書くネタが尽きてしまうし長くなるのが嫌なので、今日は幼少期から中学に上がる前までについて書くことにします。

 本当につまらないし、気分を害することも書いてしまうかもしれませんので、読まない方がいいかもしれません。

 …「押すなよ!絶対に押すなよ!」みたいに、「するな」と言われたことをしてしまいたくなる心理を煽ろうとして言っているのではないです。本当につまらないというか下らない…何の意味もない内容なのです。すみません。

 それでは、書いて行きます。

 

 

 

 幼年期

 子供のころの私は、今ほど内向的で人と喋るのが苦手というわけではありませんでした。

 産まれたときは未熟児だったらしいです。成長してからは幸いなことに、体が小さく若干の斜視があること以外は特に身体的な問題はありませんでした。

 ただ、内面…精神的にはかなりの問題を抱えた子供でした。我儘で、冗談が通じず、空気が読めず、自己中心的で親の言うことを聞かず、癇癪持ちでよく暴れたり人に暴力を振るったりして問題を起こす子供でした。あと、食べ物の好き嫌いがとても多かったですね。

 幼稚園のときで言えば、おもちゃを凶器にして園長先生を叩いてしまったこと、クラスメートに(物理的な意味で)噛み付いて、家に帰ってからそのことで母親に説教を受け、説教の真っ最中だというのに空気が読めず、その日に幼稚園で遊んだことについて勝手にいきなり話し始めてしまう…ということがあったのを覚えています。

 子供の頃のこと、もう終わった過去のことだとわかっていても、今こうして書きながら思い出すと暗い気持ちになります。

 

 しばらく幼稚園に通ってから、確か5歳ぐらいのときに同じ地域内で少し離れたところに引っ越して、学区が変わったため幼稚園から保育園に通うことになりました。

 そこでも変わらずよく癇癪を起こしていたし、嫌いな物が多くて給食が食べられず一人残されて給食を食べていました。

 給食を食べたあとは班に分かれて掃除をして、終わったら班のみんなで整列して「せんせー、◯◯掃除終わりました」と言って先生に報告するという時間があったのですが、一度だけ給食を食べていたために遅れてみんなに合流して、しかも終わったタイミングで挨拶だけ参加したので先生に「君は掃除をしてないでしょ?」と怒られた記憶があります。やっぱり空気が読めない子供でした。

 

 あと、特別人と関わることに苦手意識があったわけではありませんが、保育園内では一人で遊ぶ時間が多かった気がします。(比較的多かったというだけで、全く他人と遊ばなかったわけではないし、友達の家でも遊んでいた)

 友達の家と言えば、遊びに行って、うっかり小さなおもちゃをポケットにしまって持って帰ってしまったことがありました。後で返し忘れてポケットに入っていたことに気付いて、母親に「人の物を取るのは泥棒だよ!」と、結構長い時間説教をされたことを覚えています。兄と姉にも、「泥棒だー」と野次を飛ばされていた気がします。

 

 今となっては当時の気持ちなんてはっきりとは思い出せませんし都合の良いように記憶しているのかもしれませんが、私は遊びながら手元に一旦キープしておくつもりでポケットに入れて、忘れていてうっかり持ち帰ってしまったのだと…盗む気などなかったと信じています。そうでなければポケットに入っていたことをわざわざ親に言わないでしょうし。

 盗んでしまったようなかたちにはなってしまったけど、理不尽な責められ方をされたと思います。

 

 あまり良い思い出がありません…。

 

 ちなみによかったことの話も一応はあります。一度だけひとりの女の子と仲良くなったことがありました。女の子に好かれたのはこのときが最後ですね。私のモテ期は多分そこが最後だと思います。

 

小学生のとき

 小学校に上がっても癇癪持ちは収まらず、気に入らないことがあるとすぐに怒って暴れたり教室を飛び出したりしていました。

 1年生のとき、教室に読み聞かせをしに来ていた6年生の女の子の髪の毛を引っ張って怒られたことがありました。はっきりとは覚えていませんが何か気に入らないことがあったのでしょう。

 机を倒したり投げたり、壁を殴ったりしていました。テストの出来が気に入らず、窓ガラスを殴って割ったことがあります。壁に何度も頭を打ち付けたり、腕を自分の爪で引っ掻くなどの自傷行為もしていました。

 学年が上がるに連れて回数は減りましたが、結局6年間問題を起こさない年はありませんでした。それらのことがあってか、段々と他人と関わることが苦手になっていったのです。

 

 子供のころは本当に自分でも不思議なぐらい感情のコントロールができませんでした。

 2年生の頃に、あまりに私が学校で問題を起こすので、母親が「学校で怒ったら嫌いなものを無理やり食べさせる」という罰則を課して私を律しようとしたことがありました。しかしそれでもダメでした。一度、怒ってしまったところを見た兄(双子の兄で、当時は同じクラスだった)に母には黙っていてもらうようにお願いして、罪を隠蔽したことがありました。「嫌いなものを食べさせられる」というのは、そんな卑怯な手段をとるほどに避けたい罰則だったのです。そして、それほどに避けたいのに癇癪を起こしてしまうほど、感情のコントロールができなかったのです。

 

 中学に上がる前は、怒るのは良くないと自覚するようになって自分をコントロールしようとしていました。(完璧にはしきれませんでした)

 そして詳しくは後日書きますが、中学ではさすがにそういうことはなくなりました。

 

 今回はここまでにしておきましょう。

 

 最後に

 小学生のときの私を知らず、今親しくなっている人にも小学生のときのことは話したことがありません。

 恥ずかしいことだからです。できれば忘れたいことだからです。

 それを今回こうして書いたのは、自分がどんな人間であるかを書きたかったのと、自分の人生を振り返って、今も心を曇らせる原因となっている過去の出来事を整理したかったのと、ただ単純に他に書くネタがなかったのと、誰にも読まれないし反応もないだろうという気持ちを持っているからです。

 もし最後まで読んだ人がいるなら、「こいつ発達障害じゃない?」と思うかもしれませんが、事実私は、ADHDであるとか、自閉症であると言われたことがあります。

 しかし私はそれを認めたくないし、仮にそうだったとしても、発達障害だから仕方ないで済むことでもないと思うのです。

 その辺のことも後日詳しく書こうと思います。

 

 長々と下手くそでくだらない文章を書いてしまい、すいませんでした。気分を害された方がいたら申し訳ありません。

 

 それではまた明日。